生け花

初冬 京都嵐山

FDB卒業生の「フタリ展」があったため、京都へ出かけてきました。絵画と花のコラボレーション。まさにイギリスでもクラスが一昨年から始まったばかりのテーマです。物語をテーマに絵と花の担当がそれぞれ作品を作っていたとの事。各々に個の世界を持つ2人なのですが、どの作品もぴったりの情景描写。とても素敵な展覧会でした。

幸いにして訪れていた期間は嵐山花灯路のイベントと重なり、様々な流派の生け花の作品が飾られていました。生け花は仏教伝来とともに京都の高僧たちにより始められその発祥の地での屋外生け花展。小倉山や嵐山の存在すら薄れるような力ある作品に、夜の寒さも忘れるほどの感銘です。

行事の花

5節句 お決まりの花や植物が生け花の世界にはあります。昔は旧暦でしたので季節のずれが察しられます。

正月
松、梅、水仙、金盞花、シダ、つはぶき、柳、藪柑子(やぶこうじ)、福寿草、白梅、竹、仙蓼(せんりょう)、長春(ばら)

上巳 3月桃の節句  
柳、桃、ふきのとう、山吹、桜

端午 5月
花菖蒲、竹、石竹(カーネーション、撫子)、菖蒲、ヨモギ、柏

七夕 7月
仙扇花、桔梗、梶木、刈萱(かるかや)、朝顔、女郎花、竹

重陽 9月
菊、萩、鶏頭

ロンドンはもう最低気温が5度、最高気温が15度程度となっています。お出かけの方はしっかりと防寒の用意をしてください。現地からのレポートも入れるつもりです。お楽しみに!さて私はもうひと頑張り。ミッシェランの星を探してみる事にします。(w)

** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** **

江戸時代のフラワーリスト

古代より花を愛で、文学、絵画、工芸、陶器などに描かれた花。仏教伝来の頃から始まった立華も江戸町人文化の発達とともに生花(せいか)という庶民向けスタイルへと変化がありました。時代を追ってどんな花が実際にいけられていたのでしょう。

江戸時代初期、立華はもともと公家や武家社会、また富のある商人などの間で用いられていたもの。大きな壺に10種類ほどの花を組み合わせて縦型にアレンジする方法でした。それらの花は、当時花の名人とされる同朋衆や僧侶(池坊)などによる伝書より見られます。
梅、杜若、菊、河骨(こうほね)、水仙、椿、藤、水葵、桃、柳、桜、蓮、花菖蒲、松、木瓜(ぼけ)など、やはり枝物が多いような気がします。

日本人と花

いつのころから私たち祖先は花を愛でるようになったのでしょう。日本人と花の係わりの始まりを探ってみようと思いました。

花は実りの先触れを意味したもので、繁栄や豊穣を象徴するもの。美しく華やかではあるが短命のため無常と捉えられました。「さくら」「さ」は民俗学では穀霊、「くら」は座の意。穀霊の依代(よりしろ) 春を迎え桜の咲き具合を見る花見は秋の稔を占う呪農行事だったのですね。

花を飾る習慣は538年仏教の伝来により、仏前供華(くげ)として花は仏の依代(よりしろ)として始まったようです。752年奈良大仏の開眼供養の供華や1164年平家一門の安芸の厳島神社での「平家納経」の供華図などが残っています。供華は多種類の花をまっすぐに立てる形だったそうです。しかしこのような大きな花を立て祭るのはやはり公家や将軍家、武士など財力のある領家に限られていたようです。

9月長月 重陽の節句 菊の節句

陰暦の9月は今でいう10月初旬から11月初旬の頃。夜長月、長雨月(ながめつき)秋深まり、秋の長雨から長月という名がついたとの事。菊開月(きくさきづき)、菊月、紅葉月、稲刈月など植物の名が付く呼び方もあります。

9月9日は重陽の節句。生け花の世界にとっては大切な日です。菊の花のみでお生花(長さやなど詳細に決まりがある正式な形)を生け菊酒などを飲みお祝いをするそうです。(もともとはこれも邪気払い長命への思いが込められた宴会だったようですが)。もっとも大きな奇数の重なる日となるため陽が重なる重陽と呼ばれます。以下古流松藤会の師範橋本理真先生よりご寄稿いただきました。

--------------------------------------------------

重陽の菊

重陽の菊
めでたい陽数が重なる九月九日。

コンテンツの配信